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1.切っ掛けは自己啓発書だった

2012年01月02日 23:32

切っ掛けは自己啓発書だった。

2008年9月の週末、僕はいつものようにビジネス書を読んでいた。
勝間和代の「効率が10倍アップする新・知的生産術―自分をグーグル化する方法」(ダイヤモンド社)とデイル・ドーテンの「仕事は楽しいかね?」(きこ出版)の2冊だ。

小説であれ、自己啓発本であれ、読んでいる内容が自分に「刺さる」ことがある。
「新・知的生産術」の方で刺さった個所は、ブログ制作の効用に触れた部分だった。

"ブログは人によってはグーテンベルグ以来の大発明の一つという人もいる"
"ブログは自分メディアのアウトプットの場であり、極端にいうと自費出版に近い場所"
"いいブログでしたら声をかけられると思いますので、出版にチャレンジしてみてください"

それまで自分のホームページはおろかブログもmixiもやったことのない僕だったけれど、「ネット上の活動」をやってみたいという思いは漠然としてあった。

もうちょっと言えば、このまま時代に取り残されてしまうんじゃないかという焦りがあった。
当時の自分が勝手に考えた「デジタルネイティブのレベルチェック」はこんな感じだった。

1.googleやyahooなどのウェブメールアドレスを持っている。
2.mixiに参加している。
3.自分のブログを持っている。
4.youtubeに動画をアップロードしたことがある。
5.ホームページを運営している。

1が初級者で、下に行けばいくほど上級者という定義だ。5より上は想定もしていなかった。
そして当時の僕は、1~5の全部が当てはまらなかった。

このままじゃいけない気がする。絶対まずい気がする。
そんなことを考えていた中で出会ったこの本に、僕はぐっと背中を押された。

そしてもう一冊の「仕事は楽しいかね?」は、よりストレートだった。内容が「刺さる」というより何度も串刺しにされた。

"仕事は楽しいかね?"
この問いかけにまずやられた。

そして畳み掛けてくる言葉の数々。
"試してみることに失敗はない"
"遊び感覚でいろいろやって、成り行きを見守る"
"必要は発明の母かもしれない。だけど、偶然は発明の父なんだ"

この2冊を同時期に読んでおきながらブログを始めないなんてどうかしてる。
そうだ、ブログを書くんだ。

そのぐらいの勢いで、前のめってブログを開設したのは2008年の9月15日だった。

 * * * * * * *

当時ブログを始めるにあたって、幾つか自分の中で決め事をした。

1.実名は出さない。実生活が特定できる内容は基本的に記載しない。
2.悪口や愚痴は書かない。
3.更新頻度を高くする。

何を書くかまでは最後まで迷っていた。

日々更新がしやすいのは日記だと分かっていたけれど、自分が特定されるのはプラスにならない気がした。
炎上したらどうしようなんて、取り越し苦労で心配してた。

読んだ本のレビュー・ブログも検討してみた。もう少し自分に自信があったら、書評ブログにしていたろうと思う。けれど、上にあげた決め事の2と3のどちらも満たせる気がしなかった。

というわけで数日考えた後、結局僕は、以前書いた処女小説を分割アップすることにした。十万字を超える文章がストックとしてある、というのはブログ初心者の自分には魅力的だったからだ。

ついでに言えば「実名は出さず匿名」、というのは小説公開の場合むしろ好都合だった。

僕はリアルでの知り合いに自分の書いた小説を見せたことがない。今でも、僕が小説を書いていることを知る友人はいない、と思う。読者はいつも自分だけであり、自分が面白いと思えるものを書こうとしてきた。

当時の僕の思考経路はこんな感じだった。

自分の好きな小説をブログに載せる。
→ 「こういう話を読みたかった!」という読者がついて、感想がもらえる(はずだ)。
→ 話題となり出版社の編集者の目に留まって、書籍化の話が来る(かもしれない!)。

だから、ハンドルネームは「同志を待つ」にした。
英語名まで考えた。「waitingforyouguys」だ。

3年3か月と16日経って振り返ると、何とセンスのない名前だろうと思う。最近は「どうしまつ」「doshima2」と名乗ることも増えたけれど、こちらの方がまだハンドルネームらしい。

でも、だからこそ、僕は「同志を待つ」というハンドルネームを名乗るたび、当時の高揚と不安が入り混じった気持ちを今でも思い出す。

今日からブログを始めます。
自分が好きな物語が、あなたにとっても好きなものになれば嬉しいです。


2008年9月15日21時39分、僕は人生最初のブログの記事にそう書いた。
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2.辺境

2012年01月03日 23:01

ブログサイトを作るのは楽しかった。

何もかも初めてで、僕はその「初めて感」を楽しんだ。
テンプレートを選ぶだけで一日かかり、自己紹介の文章を考えるだけで通勤時間があっという間に感じた。

そのうち、ブログで小説を載せるにあたっては工夫が必要、ということもわかってきた。

大手の小説登録サイトChaos Paradiseの「カオパラアンケート」というコーナーには、「即バック条件」についてという質問がある。

"検索サイトやどこかのリンク集からネット小説サイト(テキストサイト)を訪問した時、「作品を読む前に引き返す」のはどういう条件のサイトでしょうか。"
というアンケートなのだが、堂々の一位は当時も今も、「ブログで公開される小説」だ。

アンケートの声としては、こんなコメントがあふれている。

・とにかくわかりにくい
・ブログで公開している人は総じて文章のレベルが低い
・重い、読みづらい、探しにくい。嫌な条件が揃い過ぎ
・総じて管理人のマナーが悪い
・サイトを管理する能力がない人が殆ど(全く勉強も努力も感じられない)

カオパラアンケートの説明には、
"物言わずに立ち去る読者(訪問者)の本音が集まっていますので、作家の方も要チェックのアンケートです。"
とあるのだけれど、それにしても手厳しい。

本来は、小説の掲載手段をブログではなくホームページに変えるべきだったろう。が、当時の自分にとってホームページはブログの更に上の上、上級者のツール。
せめて見易いブログサイトは構築できないものかと、色々な人のブログ小説サイトを毎日のようにチェックした。

当時、一番参考にしたのは石和仙衣(いさわのりえ)さんが運営していた「シャルハの大地」というブログサイトだった。見易く、そして誠実さがあった。ブログ内に、小説ブログを始める人のための参考記事もあった。

僕が当時ブログの文章を「ですます調」にしたのも、石和さんの影響だ。

前回書き忘れたけれど、ブログのサービス会社はFC2にした。
多くの人が使っていそうだから、という程度の理由で決めた。
ただ、当時はブログの著作権を巡る議論(自分の書いたブログの著作権は誰のものか)があったので、「運営側に許諾される著作権の範囲も、目的も制限されていない」とまとめ記事に載っていた運営会社のものは一応やめておいた。
 
(当時僕が参考にした記事は、主要ブログサービスの著作権規定、格付け一覧という記事だった。但し僕は記事の正確性を検証していないし、また現在の状況も変わっている可能性が高いと思うので、その点は念のため。)

 * * * * * * * 

そんなこんなで、試行錯誤して始めた小説ブログだったが、2週間ほど経って気付いた。

自分のサイトには訪問者が殆どいなかった。

トップページに喜び勇んで付けたカウンターは1か月後、延べ来訪者数が50人だと告げていた。自分のPCから毎日アクセスしていたことを計算に入れると、平均して1日に1人いるかいないかの訪問者だった。

それまでは、「こんな辺境サイトまでお越し頂き」みたいなお礼コメントをしている人のサイトを見ると、大げさだなあと思っていた。けれど、自分の身に起こって初めて分かった。
自分のサイトは辺境中の辺境だった。

GoogleやYahooなどの検索エンジン登録方法はネットで調べて、実行済だった。
ブログのコンテンツというべき処女小説の方は、一か月間で20回近い更新を重ねていた。他人の目に触れるには十分な量のつもりだった。
「お前の一年を私に預けて欲しい」
そうヒロインが告げる冒頭の山場シーンは、自分が書いているにもかかわらず興奮しながら更新した。

そして1週間たっても、訪問者は日に1人。

「同志を待つ」と名乗ったはいいものの、同志の影も形も見えなかった。

3.66→144

2012年01月05日 23:37

自分のブログに訪問者が来ない。
居た堪れなくなって僕は、ネット小説の紹介・登録サイトに登録することにした。

それまでネット小説の紹介サイトというものを、僕は重視していなかった。
理由は簡単。自分が使ったことがなかったからだ。

登録サイトの中には、作品の目次ページの作成を義務付けていたり、連載途中の作品の掲載に厳しかったり、相互リンクをも求めていたり、とにかくブログを始めた当初の自分には面倒くさく思える点もあった。
ま、後回しでいいか。当初はこんな感じだった。

でも、そんなことは言ってられない。

Chaos Paradise、HONなび、NEWVEL、Wandering Network、小説の匣etc.
ネット小説の紹介サイトに藁をもすがる思いで登録しまくった。
そして待つこと1週間。

2008年10月21日夜。その日僕は、いつもと違うことにすぐ気付いた。

前日まで66だった訪問者数のカウンターが、その日はサイトを読み込みなおす度に数字が増えていた。

思わずマウスを持つ手が震えた。
一時間毎に画面を更新しても、カウンターは依然として回っている。

カウンターって、こんなにリアルタイムで動くんだ。それが最初の驚きだった。

結局、翌10月22日のカウンターは144。
僕はその数字を忘れないよう、オフラインで日記に書いた。

 * * * * * * * 

その後も小説を更新するたび、僕はネット小説紹介サイトに通知を出し続けた。処女小説がエンディングを迎えた翌々月の2009年4月には、10,000hitを超えることが出来た。
一日の訪問者数は平均すると数十人、多い日で百数十人くらいだった。

世の中には毎週数万人の読者が訪れる人気ブログもあったけれど、僕はひがむことなく自分のサイトのアクセス数に満足していた。アクセス数をある程度取れるようになって、やっとアクセス数から自由になれたというのが正直なところだった。

これは、「お金を不自由なく持てるようになって初めてお金から自由になれる」っていう例えと、根が一緒のような気がする。

とにかく、僕は当時のネット小説紹介サイトに感謝しても感謝したりない。

中でも一つ挙げるとすれば、Wandering Networkだ。
ここに登録するには「オリジナル」「長編」「全年齢向け」の3条件をすべて満たす必要があるけれど、逆に言えば訪問者もこの3つを求めてくれる人が中心なので、作品と相性が合いやすい。
ここからは読者が本当によく来てくれた。

ブログサイトの訪問者数10,000を超えた時には、当時流行していた「キリ番」のイベントもすることが出来た。
イラストや感想を貰うという夢のような経験もした。ネットで知り合った人とチャットもした。

ああ、ブログやってて良かった。そう感じたのがこの頃だった。

 * * * * * * * 

でも、矛盾するようだけれど――
その頃から僕は、このブログだけで満足できない自分にも薄々気付いていた。
もっと何かをしたいという欲が出てきていた。

youtubeに自作小説のトレーラー動画を作って、アップロードしたのが2009年2月。
別の小説を掲載するため、ブログを新たに立ち上げたのも2009年3月。

僕は少しずつ活動の幅を広げだした。

そして、今振り返ると運命の分岐点だった一作に出会ったのもこの月だった。

その作品の名は、「Selene ~エンディミオンの微睡み~」といった。

4.Selene

2012年01月07日 00:01

自分が読んだことのあるビジュアルノベルは、18禁の名作・話題作を中心に10作くらいだった。
君が望む永遠、CROSS†CHANNEL、Fate/staynight、キラ☆キラなどなど。自分が好きな作品を挙げるとこんな感じだ。

同人作品は殆どやったことがなかった。
二次創作とエロ、または過剰なまでの残虐描写というイメージだけが漠然と先行していた。

そんな中、iPhone3Gユーザーの僕が偶然出会ったのがTeam Eyemaskの、Selene ~エンディミオンの微睡み~だった。
世界初iPhone向け同人ノベルゲーム。アプリの説明でそう謳われていた。
世界初――その言葉だけで十分魅力的だった。

DLして、僕は更に驚くことになった。
そこには、センスオブワンダーの香りが満ち溢れていたからだ。
僕の好きなジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの「たったひとつの冴えたやり方」と、このSeleneという作品は地続きだった。

ああ、こんな作品に会えてよかった。
その気持ちがいつしか、「こんな作品を作りたい」という欲望に変化するまでは、ほんの一か月もかからなかった。

 * * * * * * * 

自分が最初に考えたのは、既存アプリの助けを借りることだった。
ホームページさえ作ったことのない自分がスクリプトベースでのノベルエンジンを扱うのは、無謀だと考えたからだ。

着実に行こう。
そう自分に言い聞かせると、まず、当時コミックビューアをアプリで出していたトライフィート社にメールを出してみた。
この会社は、当時何件もの漫画をApp Storeで電子配信していた。

"趣味で小説を書いているアマチュアですが貴社のコミックビューアに興味がありメール致します。自作小説をapp storeで公開するために当該ビューアへの変換をお願いする場合、どの程度費用がかかるものなのでしょうか?
東方から提供するデータはword fileで10~12万字程度の文字原稿と、表紙画像(イラスト)となります。"


当時の僕のメールを抜粋するとこんな感じだ。
ビジュアルノベルというより電子書籍に近いイメージだった。

トライフィート社から返事はすぐ来たけれど、内容は絶望的だった。

「目安」として提示してもらった価格で費用を計算すると、ビルドとページ組込で数十万円。
とても思いつきで出せる金額じゃない。
しかも、これはアプリケーションのビルド用のプロジェクトファイルを作成してソースコードごとご提供するという場合であり、その後自分でiPhoneのDeveloper登録と配布用ビルドとAppleへの申請作業が必要だと書いてあった。

今読めば、その通りだと思う。
けれど当時の僕には、一つ一つの用語が何のことを言っているのか全く分からなかった。
僕は、肩を落としながらお礼のメールだけ返信した。

次のメール先は、とある青空文庫リーダーのアプリ作成者さんだった。個人開発者であれば、もう少しアマチュアにも門戸を開いてくれるんじゃないかと、思ったからだ。
返信メールを待つ間、もし具体化したら誰に挿絵を描いてもらおうかと、お気楽な想像をしていた。

3日後、返事は自分に現実を突き付けた。

・現在のところ、個別作品を別appにして配布する予定は無料/有料共に無い。
・appstoteでは単体作品での発刊は、ほとんど売れていない。
・ユーザにしても単体作品毎のappとなると、メニューアイコンが煩雑になりあまり好かれない。
そういった趣旨の内容が、丁寧な文章で書いてあった。

どれも正論だと思った。

日本のデベロッパーでは、このまま何件照会しても結果は変わらないかもしれない。
僕は、海外に目を転じて逆転を狙うことにして、iOrbi社に照会してみた。

ここは、App Storeを必死に探していて偶然見つけた先で、iPhone上で動く教育用のインタラクティブ絵本をリリースしている海外の会社だった。
さっそくその夜、メールを打った。

Hello!
I just learned your service by chance through app store recently.
I am a non-professional Japanese story writer and your AppInHand publishing service is interesting sounding to me.
I want my novel to be published on iPhone as an eBook but I’m not a kind of technical person and have no iPhone SDK developer’s license so far.

今回も返事は来た。

けれど幸運の女神は、まだ僕にほほ笑むのは早いと思っているらしかった。
重要なアップグレードを近日中に行う予定なので、それが終わってからまた連絡したい、と英語で書いてあった。

ちなみに、その後連絡はなかった。

 * * * * * * * 

追い込まれた僕は最後に、正攻法で突破するしかないと覚悟を決めた。
Seleneのノベルゲームエンジンの提供先として記載されていた、御影さん宛にメールを出すことにした。

2009年5月16日のことだった。

5.嘘をついた

2012年01月07日 11:24

御影さんの話をする前に改めて少し書いておきたいのは、それまで照会メールを出した3者の誰もがきちんと返事をしてくれたことだった。

これは、当たり前のことだろうか?

僕のリアルの世界での経験は、残念ながら逆のことも多かった。
知らない相手からの問い合わせ、しかもビジネスというより思いつきの熱意だけが先行する内容に対し、日をおかず丁寧な答えが返ってくる。これだけでささやかな感動だった。

このずいぶん後、ビジュアルノベルが完成した際に僕は反対の経験を何度もすることになった。
それでもなお、この「ささやかな感動」は僕の心の中で上書きされずに残っている。

 * * * * * * * 

さて、御影さんからの返事も他の3者と同様に丁寧なものだった。

Seleneで使われたArtemis Engineはまだまだ未成熟なため、問い合わせを受けた全ての方に漏れなくArtemis Engineを手配するのは作業上厳しい。
このため、作品の完成確度の高いサークルから順次提供している。


そんな趣旨の内容が書いてあったけれど、僕はもう怯まなかった。
これは結果論だけど、御影さんにメールする前にほかの3者に照会していたことがよかったのだろう。追い込まれていた僕は、もはや怯む余裕がなかったからだ。
どうやって御影さんに納得してもらおうか。それだけを考えていた。

御影さんのメールによれば、Artemis Engine自体の使用難度としては、NScripterや吉里吉里といったスクリプトベースのノベル/ADVエンジンと同程度らしかった――が、そう説明されても僕はNScripterや吉里吉里は使ったことがなかった。

さて、どうしたらいいだろうか。

ここで初めて告白するのだけれど、僕は小さな嘘をついた。

"吉里吉里2は、作品を作ったことはありませんが少し使ったことはありますので、個人的には「楽ではないものの対応可能」という印象です。"
僕は、そう返信することにした。もちろん、実際は吉里吉里2どころかどんなノベルエンジンを使ったこともなかった。

中途半端に腹が据わっていない僕は、メールに書く前に吉里吉里2をダウンロードして開いてみた。
触ったことぐらいはあるからこれは嘘じゃない、そう呟きながら文面をタイプした。

そしてもう一つ。御影さんによれば、サポートに当たっては詳細をオフラインで会って説明するケースが多いとのことだった。
これには、「今は遠隔地にいるので、夏に帰省した際にお礼を兼ねてお会いしたいです」と取りえず書いて、祈るような気持ちで長文メールの送信ボタンを押した。

今思えば、御影さんは僕の嘘など見抜いていたのかもしれない。
だが、何にせよ、Artemis Engineの提供を受けるサークルの末席に名を連ねることに成功した。

 * * * * * * *

Artemis Engineの来月のアップデート時に詳細な案内をする予定、との御影さんからの返信を貰った僕は小躍りした。
早速「NScripterオフィシャルガイド」と「ノベルゲームのシナリオ作成技法」という本を、Amazonで買った。

この2冊は、どちらも役に立った。

NScripterオフィシャルガイドの方は、もちろんArtemis Engineと何の関係もない。けれど初心者向けと銘打ったこの本で僕は、立ち絵、文字ウィンドウ、分岐、フラグなどなど、その手の用語の意味を知った。
ざっと眺めることで、ビジュアルノベルのスクリプト的な作り方のあたりをつけることが出来た。

ノベルゲームのシナリオ作成技法の方は僕にとって、より実際的だった。
全部の章が参考になる。いや全てのページが参考になる。そんな気さえした。筆者の涼元悠一さんがノベルゲームへ持つ愛情も伝わってきた。
この本は本当にお勧めだと思う。僕は何度も繰り返し読んだ。

こうして僕は御影さんからの詳細な案内を待ちながらも準備を進めるべく、もう一つの懸案に手を付けることにした。

それは絵師探しだ。

6.何よりも絵師

2012年01月09日 22:00

ビジュアルノベルは、何よりも絵師。
僕は当時も今もそう思っている。

一に絵師、二に音楽、三にシステム、最後に文章だ。自分がもの書きであるが故の謙遜ではない。冷徹な事実だと思っている。
何故なら、絵は上手い下手が誰にでもわかるからだ。音楽は快不快が如実に出るからだ。

僕は、絵師を探すにあたって絶対譲れない条件を一つだけ自分に課していた。
自分の文章よりも相手の絵の方が上手い、という点だ。

自惚れを承知で言えば、僕は自分の書く話がそこまで下手だとは思っていなかった。少なくともストーリーは自分好みだった。だから、自作がビジュアルノベルになった時に低評価をつけられたら、これは絵で足を引っ張られたんだと勘違いしてしまいそうで怖かった。

そんな逃げ道を防ぐため僕には、絶対に自分の文章より上手だと確信できる絵師が必要だった。

というわけで、「絵仕事募集」というキーワードでgoogle検索する日々が始まった。

 * * * * * * *

改めて探してみると、自分の文章よりも上手な同人絵師さんは星の数ほどいることが、すぐわかった。Pixivに掲載されたイラストはどれも綺羅星みたいだった。
自分の文章より相手の絵の方が上手い、という条件は易々とクリアだった。
自分は自惚れて何を勘違いしていたのか、と僕は今でもこの時のことを思うと恥ずかしくなる。

なので僕は、具体的な判断基準を次の2つに変えた。
1.オリジナルを描いているか
2.キャラ以外の背景も描いているか

1の基準は、絵の技術を推測する材料にさせてもらった。二次作品を描く人の中には本当に上手な絵を描く人が多かったけれど、果たしてオリジナルキャラをお願いした時に同じレベルで実力を発揮できるのか、僕にはわからなかったからだ。

蛇足だけれど、アニメや東方に疎かった僕は、実はどのキャラが二次でどのキャラがオリジナルかわからなかった。なんて素敵なイラストなんだとPixivを見て感激して、次の人も同じキャラを描いていて初めてそれがオリジナルキャラでないと分かった――
こんな笑い話みたいな経験もした。

2の基準は、背景もキャラも両方同じ人にお願いするつもりだったからだ。ノベルエンジンのスクリプト作業に自信のなかった僕は、立ち絵での演出を極力避けて一枚絵を使う方式を取るつもりだった。
(実のところ、僕は今でも立ち絵を使ったことがないのでやり方がわからないままだ)

そして、僕は3人の絵師さんとメールでやり取りし、ささやかに悩み――
最終的にお願いしたのは伊砂さんという人だった。

伊砂さんは、全てがすごかった。
骨身を惜しまず献身的で、しかも作業が早く、気遣いが細やかで、何より伊砂さんは上手かった。
僕が今もビジュアルノベルに関われているのは、伊砂さんのおかげだと心から思う。

当時、伊砂さんは仕事を引き受ける条件として、ウェブサイト上に「音信不通にならないこと」と書いていた。このため僕は、とにかく連絡だけはとり続けた。

伊砂さんとはその後、ビジュアルノベル第一作のリリースまでの5か月間に、双方合わせて120通以上のメールをやりとりした。

 * * * * * * *

絵師も決まり、御影さんからも無事アップデート版のArtemis Engineの案内が来て、一安心した僕に残されたのは、スクリプトと向き合う作業だった。

これは予想通り、歯応え十分だった。
というか、全くスクリプトが分からなくて泣けた。

スクリプトに手が付けられないまま季節は夏に変わった。
僕は帰省するタイミングで御影さんに会うことにした。

2008年9月にブログを始めてから11か月、御影さんは僕がオフラインで会う初めての人になった。

7.ルノアール

2012年01月12日 22:22

2009年8月8日。その日僕はJR蒲田駅に向かっていた。

御影さんには前日にメールして「黒いリュックサックを持って、緑色のスニーカーを履いています」と伝えておいた。多分向こうから僕を見つけてくれるはずだった。

絶対に遅れないようにしようと思って、待ち合わせのスターバックス前に着いたのは午後1時の待ち合わせの20分前。まだそれらしき人影はない。
僕は時間つぶしに駅ビルの本屋に入り、「iPhoneアプリで週末起業」という題の本を買うと、待ち合わせの場所に戻った。

そして数分して、御影さんが来た。

御影さんは初対面だけれどすぐわかった。眼鏡を掛けていて親切な感じで、しかもこういうことに慣れている感じがした。
すぐ近くのルノアールに行きましょう。
そう言われて僕らはスターバックスの前を離れた。

道すがら御影さんは自己紹介してくれた。多分、本人にとっては何てこともない言葉ばかりだったろう。けれど僕は、今でも幾つかを思い出せる。
「仕事とプライベートは3割ぐらい被っている」
この言葉を聞いたとき、うらやましいなあと素直に感じた。

御影さんによれば、使用許可を出しているサークルさんは両手で数えられる程度とのことだった。買ったばかりというMac Book Airの画面を使いながら説明してくれて、本当にありがたかった。

「拡張子が.ietのファイルはメモ帳で開かないんですけど」などという僕の質問にも呆れずに、それは拡張子をテキストエディタに紐付けすればいいと丁寧に答えてくれた。

この時聞いた話の中で記憶に残ったことがもう一つ。Seleneが日本語アプリにもかかわらず、4割は海外でダウンロードされたという説明の部分だった。
海外のApp Storeでもレビューがついていると聞いた時には、思わず「おおっ」と声が出た。

世界中で自分の作品が読んでもらえる。
これが僕の完成に向けた原動力の一つになった。そして、その後の伏線になったりもする。

ついでに言えば、待ち合わせ前に買った「iPhoneアプリで週末起業」もいい本だった。

 * * * * * * *

それからは、Artemis Engineでスクリプトに集中する日々が続いた。

作業は、仕事から帰宅した後の午後10時頃から午前2時頃まで。帰省時に秋葉原で買ってみた幾つかの同人ソフトを研究と称して息抜きにプレイする以外は、黙々と作業を続けた。

1か月半後の9月20日。
絵師の伊砂さんに百何回目かのメールをした。
これが、β版というか「とりあえず版」のビジュアルノベル完成報告だった。

その時は、それからリリースまでに1か月以上もかかると思っていなかった。

8.モノクロ

2012年01月13日 22:27

ここで、前回あっさりと流した作業について備忘録的なものを少しだけ。

スクリプトは結局、本質的な部分は分からずじまいだった。
御影さんが親切にもSeleneのスクリプトを転用して構わないと言ってくれたので、それをベースにしてSeleneの台詞の替わりに自分の文章に置き換えた。スクリプトファイルの名前の最後までSeleneのままだった。

音楽は予算的に手が回らなかったので、無料の素材サイトのお世話になった。

音楽に関して僕が語れることは余りないけれど、「これを絶対使いたい」という曲と「邪魔にならない」曲とのバランスは大事だとは感じた。

ここぞというイベントで使われる曲と、穏やかな日常のシーンで使われる曲とを比べると、もちろん前者にこそ好きな曲が多い。
一方で現実問題としては、圧倒的に後者の流れている方が多い。邪魔にならない曲、さりげなく空間に溶け込む曲をどれだけ見つけられるかがカギだと思う。

というわけで僕は曲を探し求めた結果、複数のサイトのお世話になった。
絵と違って音楽は、異なる作曲者の曲を混ぜても違和感が出ないのが幸いした。
(と思う。それとも音楽に詳しい人が聴くと、作曲者のテイストの違いが気になったりするのだろうか。)

 * * * * * * *

何よりも僕が重視した絵だけれど、これは殆どをモノクロにした。

理由は一つ、枚数を増やしたかったからだ。
フルカラーで塗ってもらう代わりに漫画のスクリーントーンのような加工に留め、その代り枚数を増やす。それが僕の戦略だった。

事前にチェックした同人ビジュアルノベルの中には、僕が知る限り一つもモノクロ作品はなかった。
けれど僕は、漫画だって殆どがモノクロだから関係ない、と意に介さなかった。

モノクロにすることで思わぬメリットもあった。

元々、絵師さんの手を煩わせるには及ばないシーンでは写真を加工して使つもりだった。例えば、場面切り替えの際の青空や月夜、雪のシーンなどだ。
でも、実際に自分でカラー写真を使ってみるとすぐに問題に突き当たった。写真を使ったシーンが「浮く」のだ。

キャラの登場するイラストのシーンに比べて、写真を加工した画面は生々しすぎた。画面から読み取れる情報が多すぎるせいだと思う。

これが、写真をモノクロにして輪郭を曖昧にしただけでしっとり落ち着いたのだ。
気をよくした僕は、場面切り替えのシーンでモノクロ加工写真を多用した。

 * * * * * * *

もしろん、プレイする人の側にしてみれば、枚数を稼ぎたいからモノクロにしました、お金がないからモノクロにしました、などというのは関係ない。全く関係ない。
僕も、そんな言い訳はしたくない。

だから僕は、物語をモノクロにするべき必然性をビジュアルノベルに組み込むことにした。
プレイした後、「なるほど、だから白黒なんだ」と思ってもらいたかった。
そう思って自分なりにベストを尽くした。

共感してもらえたか、自信はない。

App Storeでは
「絵は非常に格好良かったが、やはりカラーにして欲しい。それなら、白黒ノベルだからと言って避ける人は減り、ノベルの評価は上がると思う」
とのレビューを頂いたが、こういう見方も当然あると思う。

何にせよ、プレイした人に委ねるしかない。

9.僕は狂ってしまいそうだった

2012年01月15日 21:21

2009年10月、僕は狂ってしまいそうだった。

初めて使うMac、英語でのAppleへのDeveloper登録手続き、そしてX-code。どれもが想像以上の難易度だった。
Macが直感で使える、なんて前評判は大間違いだった。取り敢えずマウスを使ってはみたものの、右クリックでのメニュー呼出しすら思うようにいかない。スクリーンコピーのやり方すらわからず、そのたびにグーグルで検索する。もちろんキーチェーンなんて言葉も聞いたことがなかった。

Appleへの手続きも難航した。

Appleのサイトとだけ向き合うだけならまだいい。米国非居住者である開発者がAppleのサイトであるApp Storeで有料アプリを公開するにはW-8BENという免税書類が必要だという話が、当時ネット上に出ていた。
その書類の記載にはEIN(米国納税者番号)が必要。
そしてEIN取得のためには米国IRSへの連絡が必要――

IRSに郵便を送ってけれど数週間連絡は無く、結局僕はEINを手に入れるためにIRSに英語で電話した。
このハードル、高すぎないか?って感じだった。

(ちなみにW-8BENはその後、Appleに提出不要だったことがわかり、EINを使う機会もなかった。これも今振り返れば「いい思い出」というのだろうか。)

 * * * * * * *

そしてMac操作よりもAppleのDeveloper登録よりも何より、分からなかったのがX-codeと呼ばれるアプリ開発のためのソフトだった。
御影さんから教えてもらった手順書をもとに作業をしても、繰り返し出るビルド・エラー。そのエラーメッセージも何を言っているかわからない。
たまらず御影さんにメールした。

メールは一度では終わらなかった。御影さんにも多大な迷惑をかけた。
ある日のメールはこんな具合だ。

僕)
ビルド→実行後のシミュレータ画面が真っ白のままで始まらないんですが、どうしたらいいでしょう。

御影さんの返信)
こちら、これだけではちょっとなんとも言えません…同様の現象には遭遇したことが無いですね…

我ながらひどい質問だったと思う。

御影さんはここで文面を終わらせることなく、「もしかしたらこういうことになっているかもしれない」と幾つも可能性とその対策を示唆してくれた。
そして実態はと言えば、御影さんが想像したよりも2、3段階初歩的なミスばかりだった。

 * * * * * * *

僕にとって、そしてもしかしたら御影さんにとっても悪夢のようなApp Store登録作業が終わったのは、2週間後の10月15日のことだった。

その日から僕は毎日、開発者サイトであるiTunes Connectにログインして、自分のアプリの審査状況をチェックするのが日課になった。
ネットではAppleの審査に落ちたという書き込みが散見され、中には審査担当者が気まぐれだとぼやく声もあった。
登録作業で難航を重ねた自分としては、審査に落ちることを想像しただけで吐き気がしそうだった。

1週間経ち、iTunes Connectでのステータスは審査中(in review)のままだった。
10日後、審査中(in review)のままだった。
2週間後、なおも審査中(in review)のままだった。

たまらずAppleにメールしたが、メールを受け取った旨の自動返信が返ってきただけでその後の説明はない。その頃から、僕は審査に落ちる夢を見るようになっていた。

そして――
何度目かの悪夢を見た後の11月3日、僕はようやくAppleからの返信を受け取った。

僕のアプリが公開された(ready for sale)、との通知だった。

10.当たり前の事実

2012年01月16日 21:30

アプリが公開されたとの通知を受け取って僕が最初にやったことは、プレスリリースの送付だった。
笑うだろうか。僕はリリースが必要だと考えたのだ。

これがそうだ。複数のネット系マスメディアに送付した。
2009リリース

どこからも反応はなかった。

次にやったのはiPhoneアプリのレビューサイトへの連絡とレビューのお願いだ。こちらは割とみんな反応してくれた。
AppBankみたいな大手サイトも含めて、レビュアーと作り手との距離が近いことを実感した。こちらから書いた原稿を載せてくれたサイトさんもあったし、レビューの依頼に応えてくれたサイトさんも多かった。
マスメディアからは反応がゼロだっただけにありがたさが沁みた。

そういえば、もう一つ貴重な経験もした。
マスメディアよりも、小回りの利くレビューサイトの方が反応が良いのなら、既にネット上で知り合っている相手であれば更に反応がいいはずだ。あなたもそう思うだろうか?

真実は違った。

僕はアプリの登録とほぼタイミングを同じくして、それまでネット上で知り合った創作者の人たちや、僕のブログサイトに何度も足を運んでくれた人たちにビジュアルノベルを送付した。
Artemis EngineはiPhoneだけでなくwindows上でも動くハイブリッド・エンジンだったので、特に追加作業をすることなくPCで読んでもらえたからだ。

みんな楽しんでくれるはず。僕はそう疑わなかった。
感想のメールを楽しみに待っていた。

 * * * * * * *

結論から言えば、殆どの人からは感想を貰えなかった。
ある人は、DL出来たことを告げるメールで十分だと考えているようだった。
今忙しいので落ち着いたらDLするとだけ、メールをくれた人もいた。

僕は混乱し、少しだけ悲しみ、そしてようやく自分が間違っていたことを悟った。
自分にとって大事なものは相手にとっても大事とは限らない。そして誰しも時間は貴重なのだ。
そんな当たり前の事実を、やっとその時気付くことが出来た。

これは僕にとって、いい経験になった。

まあ何にせよ、「成功とは縁遠い船出からでも学べるものはある」、ということだ。

11.どうやら世の中は変わっていない

2012年01月17日 21:21

自作アプリのDL数は伸びなかった。

アプリのリリース前は、アプリを出すと何か変わるんじゃないかと思っていた。
数日世の中を観測した結論は、「どうやら世の中は変わっていない」というものだった。

有料と無料とで、アップストアのDL数に大きな壁がある。そんな話を事前に聞いてはいたけれど、僕はそれを身をもって知ることになった。

僕のアプリはApp Storeで設定できる最低価格の115円だった。
伊砂さんは、過去に何作もほかのサークルの仕事を請け負っていた、実力派の絵師さんだった。
でもDL数は伸びなかった。
最初だけ数十件のDL、そしてすぐに一日一桁の日々が続き、まもなくそれすらも途切れた。

僕自身は当初、千件のDLを目標にしていた。Apple社の取り分は30%なので、千件DLされれば手取りが約7万円。
開発用に買ったMacの費用や絵師さんへの報酬、Appleへの開発者登録費用、参考に買い集めた書籍代、そういったもの全てを足した数字はもちろん7万円を超えていたけれど、まあそれでも千件DLされればカッコはつくかと思っていた。

けれど、7万円というその目標の半分にも届かなかった。

 * * * * * * *

何かをしなければいけない。

焦り始めた僕は、まずは無料のLite版を出す準備をすることにした。
Lite版、というのはApp Storeによくある用語で、つまり機能を限定的にした試用版だ。ビジュアルノベルの場合であれば、途中までが収録されている体験版と同義語だと思う。

買い手にとっては例え缶ジュース一本分の値段であっても無駄にしたくないと思うのは自然だ。立ち読みもさせないで本を買ってもらえるわけもない。そう考えて、Lite版の作業に取り組んだ。

次に、内容のブラッシュアップも考えることにした。
そのためには誰かに内容をレビューしてもらうのが一番だと考えた。

ちなみに前回書いたように、僕は殆どの人から感想がもらえなかった。
また、リアルでの知人には作品を作っていることを教えなかったので、面と向かってレビューをお願いすることもできなかった。

そこで僕は、久住女中本舗の道玄斎さんにレビューをお願いすることにした。
久住女中本舗の道玄斎さんは、PCのフリー作品を中心に数百というビジュアルノベルを読んでサイトにレビューをアップしている人だった。
僕は定期的にサイトを訪れていたが、毎回記事をこっそり読むだけだったから道玄斎さんの方は僕のことなど知る由もない。

唐突なお願いですが、当方の作品をぜひ読んで頂けないでしょうか。
こんな文章のメールを出した。この頃になると僕は、「当たって砕けろ」型のメールを書くのに慣れていた。

幸運なことに僕は幾つかのアドバイスを貰うことが出来、その幾つかは演出上の修正点として作品に反映させた。
今のバージョンが1.1になっているのは、この修正が理由だ。

 * * * * * * *

ビジュアルノベルを読み、レビューのために何度か見直し、指摘点を文章にする。おそらくプレイ時間の3倍以上はかかる作業だと思う。そして、僕の作品の想定読了時間は2~2時間半くらい。
道玄斎さんはどれだけの時間を、見ず知らずの僕のために使ってくれたのだろう。

僕は、それに対して直接恩返しが出来ていない。

だからせめてその代り――というのはおかしな表現だ、決して代わりになどならないけれど――僕は道玄斎さんのサイトで知った作品をプレイした際は、作者さんに感想を送るようにしている。

12.ビジュアルノベルは「ノベル」

2012年01月18日 21:42

さて、自作アプリのDL数を増やすための第1がLite版の作成で第2が内容の修正とするなら、僕には第3の策もあった。厳密に言えば、策というより夢だった。

それは英語版アプリのリリースだった。

英語版で海外配信。

それは、僕にとってビジュアルノベル作成の切っ掛けとなった作品Seleneに海外でレビューがついている、と聞いてからの漠然とした夢だった。

海外配信のやり方自体は、難しくない。App Storeの配信は当時から70か国を超えていた(と思う)から、日本語のままでも作品を海外配信していたと言える。

とはいえ、ビジュアルノベルは「ノベル」である。
文章を理解してもらえないことにはしょうがない。そのためには英語の方がいいだろうと思ったわけだ。

ただ一つの、但し最大の問題はどうやって英語に訳すかだった。

僕が書いていたノベル原作は12万字。ビジュアルノベル化にあたって随分と文字数を減らしたけれど、それでも8万字は超えていた。ネットの翻訳業者の価格は様々だったが、一般文書でも一文字あたり10円程度。小説のような「特殊文書」だとその数倍だった。
とても思いつきで頼める額じゃない。

小説ならここで、「あなたの作品に感動しました。私に英訳させてくれませんか」と見知らぬ人からメールが来るところだけれど、もちろんそれを期待するわけにはいかない。

困った。
そう、確かに僕は困った。

ただ、困りつつも僕が少し楽観的になれたのは、「自分は過去にもっと困ったことを経験済だった」という意味不明な自信があったからだろう(ちなみに「もっと困ったこと」とは、X-codeのビルトだったりする)。

そんな中、見つけたのがAnchor Englishのサイトだった。
日本語から英語への「英訳」は高くても、英語から上手な英語へのブラッシュアップは比較的安い。
Anchor Englishのサイトを見ていてその事実に気付いた僕は、道が開けた気がした。

自分で訳して、直してもらえばいいんだ。

早速その日から僕は、英辞郎のサイトをフル活用して自作の冒頭部分の英訳を始めた。
ちなみに僕は小説の英訳など、したことはない。帰国子女でもない。
フレーズを区切っては英辞郎で調べ、一番似ている文章を転用する。そんな作業の繰り返しだった。

 * * * * * * *

今振り返ると、自分がビジュアルノベル制作でやってきたことの中でも、この自前の英訳作業は相当無鉄砲なアクションだったと思う。
でも当時は、無鉄砲などとは思わなかった。

お金が足りないので自分でやろうとした。それだけだった。

13.rewrite

2012年01月21日 00:27

1単語あたり添削3.6円。
それがAnchor Englishのサイトに掲載されている、英文添削の値段だ。
僕が探した限り、他のサイトよりはぐっと安かった。

「その日は朝から雪が舞っていた。」
例えば、僕の作ったビジュアルノベルの冒頭は、句点を抜かして14文字の文章だ。
安いネット翻訳は、日本語1文字あたり10円程度だったので、この文章だと費用は140円。

それが英文になると
It was snowing in the morning on that day.と9単語。
というわけで、この英文の添削(Proofreading)ならば3.6円*9語=32.4円。
つまり4分の1以下の費用になるわけだ。

この作戦で、僕は自分のビジュアルノベルの日本語の文章を、こつこつと英語に置き換えていった。
can notと二単語にするかわりにcan'tと一語にまとめるような手も使いながら、訳していった。

トータルで2000単語くらいの英文になったところで、Anchor Englishに添削(Proofreading)の依頼をしてみた。
そして――

先方から返ってきたメールは想定外だった。

I have checked your document carefully and we can certainly accept it but our main service is 'proofreading' (a medium level of grammar/style checking and correction). However, the document you sent requires quite extensive 'rewriting', which is a longer and more time-consuming process.

「あなたの英文は、『添削(proofreading)』ではなくて、非常に広範囲に及ぶ『書き直し(rewrite)』が必要なので、高くつきます。いいですか?」
という確認メールだった。

これは恥ずかしかった。
まさかそう来るとは思っていなかった。

が、それでも他業者の和文英訳よりはよっぽど安かったので、作業をお願いした。
最終的には3000語くらいを「書き直し」てもらい、費用はトータルで一万数千円となった。

 * * * * * * *

さて、翻訳は値段もそうだが、何より質が大事なのは言うまでもない。
Anchor Englishのサービスの質はどうだったろうか。

僕がどうこう言う代わりに、英語のLite版リリース時にアメリカのApp Storeでついたレビューを幾つか引用したい。

"The manga was well Translated, with music that kept the story rolling!"
"This was the best translated visual novel I've seen so far"

僕はもし次回も必要があれば、喜んでAnchor Englishに依頼する。

14.線が繋がるということ

2012年01月21日 23:46

前々回に、アプリのDL数を増やす策として考えた、内容の修正、無料のLite版作成、そして英語Lite版の作成は、それぞれ2010年1月30日、2月3日、3月3日に完了した。

このタイミングに合わせて、日本のアプリレビューサイト、日本のネットメディアの編集者、英語圏のアプリレビューサイトに記事として採り上げてほしいとのメールを送った。

日本のアプリレビューサイトさんの対応が好意的だったことは以前に書いたので、ここでは日本のネットメディアの編集者と英語圏のアプリレビューサイトについて、僕の個人的な印象論を。

まず日本のネットメディアの編集者へのアクセスの話から。

多くのネットメディアでは、署名記事を書いている人の多くが仕事用メールアドレスを公開していた。
以前に書いた通り、僕は2009年11月のアプリ完成時にはプレスリリースをネットメディアのリリース受付アドレスに送付し、全滅だった。この完成を踏まえ、今回は個別の記者さんにメールを送ったわけだ。

内容もテンプレにならないよう気を遣った。が、採り上げてくれた先はゼロ。
なかなか難しいものだなあと思う。
機会があればまた別の方法を考えて、トライしてみよう。

次に英語圏のアプリレビューサイト。

これはTeam Eye MaskのClubさんにお世話になった。
僕は2010年の2月からtwitterを始めて、Clubさんとも相互フォローしてもらっていた。
英語圏でのビジュアルノベル紹介サイトをどうやって調べていったらいいか試行錯誤していた僕に、貴重な情報をくれたのがClubさんだった。

Clubさんの情報をもとに、僕は各サイトに英語でメールを送り続けた。
メールの中の一本がたまたま編集者の目に留まり、記事になった。
それがencubedだ。

そして記事がきっかけで、何人かの外国人の同人翻訳者とメールするようになり――
実はそのうちの一人が、2011年12月にリリースした英語全訳版の翻訳をしてくれることになる。

つまり、振り返ればまたもTeam Eye Maskが僕のアプリ制作の恩人になってくれたわけだ。

 * * * * * * *

英語圏のレビューと言えば面白い体験もした。

複数のサイトが有料レビューの提案をしてきたのだ。
有料レビューとはつまり、お金を払えばあなたのアプリを取り上げてあげるよ、というものだ。例えば僕の受けた提案はこんな感じだ。

We can provide an expedited review for a $150 fee. This will get your app reviewed within approximately 7 business days.

これはレビューを参考にする読者側の立場として、「ズルい」と思うだろうか?

最近話題になったステルスマーケティングとは、ちょっと違うだろう。
そういったレビューサイトの幾つかはサイト上に、有料レビューをやる旨を公表しているからだ。
お金を払ったからと言ってレビューの内容が良くなるかはわからない、とも書いてあった。

「そんなことを言っても、お金を貰うからには悪いレビューは書きづらくなるはずだ。だからこれは事実上の広告だ! どのレビューがお金をもらったか、レビューの掲載時に明らかにしないとフェアじゃない」
という人もいるだろう。フェアかフェアでないかの線引きは、難しい。

まあ、フェアかどうかは別にして結論を言えば、僕は有料レビューを依頼しなかった。

15.無料化セール

2012年01月25日 22:57

App Storeで自作アプリのダウンロード数を上げる。

この目的のために3つの策を取り入れ、lite版作成、内容の修正、英語版着手という対応をした。レビューサイトへの採り上げ依頼も続けた。ついでに言えば、マーケティングの本も2冊読んでみた。
マーケティングの本は、これはこれで非常に面白かったけれど、効果があったかよくわからない。

こんな風に色々試した中で一番効き目があったのは、期間限定の無料化セールだった。
これは過去に二度試して二度とも結果が出た、パワフルな手法だ。

やり方は簡単。App Storeの開発者用サイト(iTunes Connect)に接続して値段設定を変えるだけだ。iTunes Connectで開始時期と終了時期の設定も出来る。商品説明欄も随時編集可能なので、いつからいつまでの無料セールをするか表示することもできる。

期間限定の無料化が、何ダウンロード数増加に効き目があるか。

第一に、「今だけのチャンス、急がなくては」とアクションを促す効果があるからだろう。
期間限定値下げする場合も同様だが、期間限定無料化の場合はさらに効果が強い。ユーザー側にDLするリスクはほぼゼロだから、少しでも気になればDLしてくれるはずだ。

第二に、ネットメディアへの露出度が一時的に急増するからだろう。
iPhoneアプリを紹介するサイトは、国内のメジャーなものだけでも数十、マイナーなものや外国のサイトも入れると数百には達すると思うけれど、そのうちの一定数のサイトが確実に採り上げてくれるからだ。

例を挙げよう。

今年1月14日から3日間、僕は「新作リリース記念」として自作アプリを無料にした。
今回は全く宣伝を行わず、ただ値段を下げて、3日間のセールをやる旨をApp Storeの自作紹介ページに追記しておいただけだった。

そして翌日、twitterで自作アプリ名で検索をした結果の一部がこれだ。

無料時1
無料時2

 * * * * * * * 

アプリのDL数は機微な情報のためか、ネット上でも公開している人はあまり見当たらない。
参考までに、セール初日2012年1月14日の僕のアプリのDL数を書いておこう。

日本語版: 1,998件
英語版: 250件
だった。

これが、誰かアプリを公開しようとする人の参考になればいいのだけれど。

16.補足

2012年01月26日 22:22

昨日書いたアプリのDL数についての文章、どちらかというと印象論だったので何点か補足しておきたい。

1.もしiPhoneアプリとtwitterの関係について分析を知りたければ、以下の2つは参考になると思う。

iPhoneアプリダウンロードランキング急上昇とTwitterの口コミの関係は5割
ランキング1位獲得"アスファルト6"に見る、iPhoneアプリとTwitterの口コミの関係
(関係ないけど、人気記事のタイトルは長いのが基本なんだろうか?)

2.自作アプリの国別DL割合について補足しておくと、僕の場合はこんな感じだ。

日本: 約70%
アメリカ: 約13%
カナダ: 約1.5%

ちなみに僕のアプリは日本語版と英語版だけだ。その他言語へのローカリゼーションはしていない。

数字を足してみるとわかるとおり、日本とアメリカ、カナダを除いた他の数十か国を合わせるとアメリカ1国のDL数よりも多くなる。ビジュアルノベルって、結構ロングテールだと思う。

そういえば、新作の短編ビジュアルノベルをリリースした時、一番最初のコメントはドイツだった。
(日本語作品だったけどドイツ語でコメントがついていた。)

17.反動

2012年01月28日 22:28

ビジュアルノベル制作を思い立った2009年3月から約1年。
ようやく一区切りついた2010年3月以降、僕はビジュアルノベルを離れ、もの書きクラスタに戻った。

まず、僕の処女ブログ(というと大げさだけど)を休止することにした。全ての切っ掛けになった、例のブログだ。長編小説の連載は前年の2009年2月13日に完結し、その後は短編の掲載や近況報告の書き込みで続けていたけれど、完結からちょうど一年後の2010年2月13日に休止エントリーを書いた。

そして心機一転、最初の活動が北極ノオト社という架空の出版社への所属だった。これはビジュアルノベルを一緒に作った絵師である伊砂さんの縁だった。こういう文芸サークル的な集まりに参加するのは初めてだった。

社員は全部で9名。もの書きもいれば絵師さんもいる。ウェブ上の季刊誌「笑ふ極光」と、別冊「タアタアンワ」に作品を掲載してもらった。僕は兄妹世紀末不条理系の話を書いた。自分でもおかしなカテゴライズだと思うけど、まあ、そういう話だ。

この年の初夏には中編を書いて、とある文学賞に投稿した。パン屋でアルバイトする女性の話だ。さらに言えば三角関係の話だったりする。あたしという一人称を使って初めて書いた。

受賞はしなかった。けれど、自分にとって好きな作品になったことに満足している。こう書きながらしみじみ思う。僕はどうにも自己愛が強いみたいだ、と。

これらの活動と並行して行ったのが、佃木さんとの交換小説だった。二人合わせて120回超の遣り取りをした。

交換小説とは僕らの造語だ。交換日記の小説版、といえばイメージがつくだろうか。事前に打ち合わせずに、交互に小説の続きを書いていく行為だ。単語をネットで検索すると他にもヒットしたから、みんな考えることは似ているのだろう。

第一回は2010年5月6日、僕が書いて「ぽにょ?」と副題を付けてメールした。最終回は2011年5月24日、佃木さんが「虹のように」と副題を付けてエンドマークを打った。

 * * * * * * *

自分では、たくさん書いた年だったと思う。
そんな中で、北極ノオト社と交換小説の活動は、人と一緒に何かをする楽しさを僕に教えてくれた。

投稿作品は――僕にとってどうなんだろう。
僕はこの作品をまだ、どうするか決めていない。無理にここで意義付けをせず、もう少し後から振り返った方がいいかもしれない。

18.英語完全版

2012年01月29日 21:59

2010年3月以降、もの書きクラスタへと戻った僕だったけれど、ビジュアルノベル作成も細々と続けていた。

2011年には短編ノベルを2つ作った。一つはR-18作品で、一つは漫画のビジュアルノベライズだ。

一方、ビジュアルノベル処女作の英語フルサイズ版は、正直僕にはどうしようもない状態に来ていた。
Lite版では自力翻訳&ネット校正サービスの組み合わせで英語化したものの、この手法をLite版の5倍以上ある本編全体に適用するには、相当の時間とお金がかかりそうだった。

・Lite版が高評価されたら、本編全体の英語化も検討します。
・英語への翻訳者を探してます。
この2つのメッセージをネット上に投げて、あとは波紋が広がるのを待つしかなかった。

結果から言えば、僕は奇跡のような確率で翻訳者さんと知り合うことが出来、2011年12月に英語版をリリースすることが出来た。

 * * * * * * *

その道筋を付けてくれたAgilisさん、そして実際に全訳してくれたAkiraさんには感謝の言葉もない。
特にAkiraさんは半年以上にも亘る長い年月を、この作品のために捧げてくれた。

英訳の出来栄えも、もちろん見事だった。

「――あたし、男の趣味悪いよね」
「舐め回すように見るなんて、最っ低!」
「全く俺はパシリか?」
こういう会話のニュアンスを完全にくみ取ってくれた。

会話だけでない。
"地面に落ちた肉塊は煙を上げて溶け、周囲に肉の焦げる匂いを混き散らす。"
なんてシーンまできっちり訳してくれた。

完成した英訳をスクリプトに入れ込んでの久しぶりのApp Store登録には、以前「狂ってしまいそう」とまで書いたX-codeと格闘する必要があった。
が、今回はnoppefoxwolfさんに手伝ってもらって、なんとかクリアすることが出来た。

こう書くと、誰にでもわかることが一つだけある。
人の助けなしには、ぼくは自作を世に送り出すことが出来なかった。

彼らがいたから、この作品がある。

 * * * * * * *

さて英語のフルサイズ版、アメリカのApp Storeでのレビューは今のところ全て☆5つ。日本のAppstoreでの平均は☆4つだから、この☆の差は翻訳者のAkiraさんに与えられた栄誉だ。

レビューの中の一文、"that is one of the BEST English translations I've seen on the appstore."が、如実にそれを示している。

もちろん原作者たる僕自身もレビューから力を貰った。
"One of my most awaited app in the app store."
この一文を読んでちょっとだけ泣いた。

19.3年3か月と16日

2012年01月30日 21:21

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